2016年09月 : Nonsence Logic
FC2ブログ
2016 08 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. »  2016 10

世の中のセンス

 【30//2016】

全宇宙8兆7000億人の当ウェブログの愚かな読者様、お久しぶりでございます。当ウェブログの定期更新が滞り、皆様の生活を脅かしていることは重々承知しております。更新する意志は当然あるので、日々更新できる様、現在の状況を見直していきたいどうもRyu1です。

世の中の折り合いが合わないなーっと常々思っているのですが、例えば自分の作ったものが、一生懸命に作ったものが、そしてそれが自信をもって『素晴らしい』と自己評価できるものが、実は世間からしたらぜーんぜん評価されないものだったりしますよね。そんな例はこの世に履いて捨てるほどあるんでしょうけれど、あまり物事を生み出したことのない人間はそれに対し、『世間が評価しなかったんだから、結局そのレベルだったんだよ』と断ずる光景も、これまた履いて捨てるほどよく見かけるものです。確かに。世の中が評価しなかったら、それは価値が無いものなんですよね。いやいや果たして本当にそうでしょうか。自分の部屋の中で自己満足でやっているならいいけれど、それを世の中に対して発信し、世の中に対してアピールしたら、それはもう世の中が下す判断こそが正しいだろう、なんていう理屈なんでしょうね。それはそれでわかります。確かに、世の中に向けて発信したものですから、世の中の評価が重要な意味を持つことも当然でしょう。しかしながら、世の中に対しで発信したからと言って、それは世の中のために作り出したものなのでしょうか。世の中の消費者のために、彼ら彼女らに喜んでもらうために作ったのでしょうか。料理とかでしたら、そりゃあ喰う者の満足のために作るなんて要素も多い事でしょう。しかし芸術に関しては、やはり世の中のために生み出すなんてことは、少しはあるにせよ、なかなかないのです。

ですので、自分自身がものすごく”良いモノ”であると自信をもって評価できるものが、残念なことに世の中に対して受け入れられなかったとしたら、それはその作り出したものの質が低いのではなく、世の中のセンスが間違っているのです。万人に受け入れられるものが良いものである、なんてセリフは既に恥ずかしいほどに時代遅れであり、その理屈で言えば『この世で最も美味いラーメンはカップヌードルである』なんて結論に行きつくという話も無限に繰り返されてきました。本当の意味で真に評価する自分の作品が、世の中に受け入れられなかったら、それは間違いなく世の中のセンスが悪いのです。

download_20161001112211708.jpeg
しかし残念なことに、世の中のセンスは往々にして悪く、愚かなものが脚光を浴び、仮初めの評価を受けるのは世の常でありまして、それを嘆いたり、怒ってはいけません。もともと世の中というものはセンスが悪いのです。それを理解したうえで、自分自身の芸術のために世の中に発信し続ける事こそが芸術道なのでしょう。なーんてバラシース(素晴らしいの意)な肉を食いながら考えておりました。ちなみに本日のウェブログ数は1263字でした。

今回はここまで。
でわにゃん=ΘωΘ=ノシシシシシシシシシシシシシシ
シッポサキマルキリ。

Category: 厳選

Comments (-)Trackbacks (-) | トップへ戻る